2006年に文庫化された。
1980年代初頭に、いわゆるロリコンブームが興った。
漫画界では、吾妻ひでおが絶頂期を迎えていた時代だ。
高校の漫画研究部に所属していた自分たちも、少なからず影響を受けたわけだが、当時(というか今も)その語源となったナボコフの小説『ロリータ』を読んだ人間は、そう多くないはずだ。
ポリスのヒット曲『高校教師』(思えばヒドい邦題だ)の歌詞で、スティングが歌う一節
( それでも彼女を見ると 体の震えが止まらない ナボコフの小説に出てくる あの中年男みたいに )も気になっていたので、大学生の頃一度読もうとしたが、何ページも読まずに途中でやめた。
暗喩や言葉遊びの多い文章で、ヨーロッパおよびアメリカ文化に造詣が深くないと意味不明な部分が多く、楽しめなかったのだ。
後で知ったことだが、当時の翻訳は誤訳も多かったらしい。
亡命ロシア人のナボコフが、米国で英語で書いた小説を、日本語に翻訳するのは複雑なことだったようだ。
その後、レンタルビデオでスタンリー・キューブリック監督の映画『ロリータ』も観たが、いまいちピンと来なかった。
最近になって新訳版が出たというので、もう一度チャレンジしてみた。
やはり独特の言葉遊びが解りにくいのだが、決定版と銘打つだけあって、これなら読める。
なんとも一言では表現しきれない、哀しく滑稽な、ロマンティックな…
隠喩や言葉遊びを原語で読んでいないので、正確には伝わっていないはずだが、とにかく濃く深い。
巻末の注釈と行ったり来たりしながら、主人公の濃密な意識の流れをたどって行く。
たしかにスキャンダラスな内容ではあるが、格調高い作品である。
ハードSFだと思って読み進めていると、20〜30ページ読んだところで辛くなる。
なんども「もう止めよう」と思うが、「これはギャグなのだ」と気づいた頃に面白くなり始める。
ギャグといっても、横隔膜が痙攣するだけの安っぽいギャグではない。
ヴォネガットさん、よくこんなことを思いついたものだ。そして、魅力的な乾いた語り口でよくでっち上げたものだ。
壮大な叙事詩的なギャグである。
ただし、笑っている暇はない。
シュルレアリスム小説の傑作とされている。
なんとも不思議な感覚の物語だが、これからというところで作者のドーマルが亡くなっているので、尻切れとんぼに終わっている。
遺稿の中から発見された「覚書」が併録されているが、これを本編と併せて読むと面白い。
余談だが、この文庫本の表紙に使われているのは、ルネ・マグリットの絵画「ピレネーの城」である。マイク・オールドフィールドの『チューブラー・ベルズ』のアルバムジャケットは、この作品にインスパイアされているのは有名なエピソードだ。
寓話的な7つの物語。
といっても、実は寓意は無いかもしれないので、奇想天外な不思議ものがたり…くらいが良いかもしれない。
悲惨な土地、絶望的に貧しい人々。
ときに悪夢のような、ときに滑稽な人間模様。
日本的なものとは、ひと味ちがう死生観が面白い。
「無垢なエレンディラと無情な祖母の信じがたい悲惨の物語」は、『エレンディラ』として映画化され、日本でも公開された。(1983年/フランス メキシコ 西ドイツ合作)
当時、渋谷のパルコ劇場で観たが、とても不思議な映画だった。
エレンディラ役のクラウディア・オハナは、眼力(めぢから)のある美少女で、印象的だった。
祖母役のイレーネ・パパスは、強欲ババアぶりがすごかった(最後は悲惨な目にあう。童話としての定型である)。
原作を読んだことはなかったが、たまたま書店で見かけた文庫本のサボテンの表紙がきれいだったので、買って読んでみた。
けっこう映画は原作に忠実に作られていたような気がする。
というのも、20年以上も前に一度観たきりなので、印象しか残ってないのだ。
意外なことにこの映画は、まだソフト化されていないらしい。
もう一度観てみたいものだ。
冒頭、主人公が住んでいるのは、西暦1970年のロサンゼルス。(この時点で、すでに近未来SFなのだ!)
そこから主人公は30年間のコールド・スリープ(冷凍睡眠)の後2000年に目覚め、やがて2001年を迎えるのだが、1957年に想像力を振り絞って書かれた新世紀像は、なかなか興味深い。
2001年のアメリカには、携帯電話もパソコンもインターネットも無い。
それなのに自動製図機(CADシステムのようなもの)があり、反重力装置は常用され、タイムマシーンまで開発されている。
自分が最初にこれを読んだのは、高校生の頃で、1980年代前半である。
(まさに、この小説に取材した山下達郎の楽曲「夏への扉」の影響だった)
当時、2001年といえば近くて遠い未来だった。「ノストラダムスの大予言」がまだ効力を持っていて、1999年7月には、全世界的なカタストロフに見舞われる「かも」しれないと、ぼんやりとした不安感を持っていた。90年代も残り少なくなると、いわゆる「2000年問題」が台頭し、2001年はまだ先の、「とりあえず後回し」な世界なのだった。
ちょっとした調べものをするために、久しぶりにこの文庫本を手に取った。
いちど読んだ小説を読み直す事は殆どしないが、ちょっとのつもりがハマってしまい、結局全部読んでしまった。
自分が高校生の頃未来だった2001年の世界は、今となっては既に遠い過去だ。
1957年に書かれた、このSF小説の金字塔は、しかしなお輝きを失っていない。
それは登場人物が非常に魅力的で、物語がエヴァー・グリーンな香りを放っているからだ。
(じつは、久しぶりに読もうとして本棚の奥まで探したが見つからず、しかたなく買い直した…BOOK OFFでw)


