ドイツの農村で、生きているブタを屠殺して、解体、ソーセージやベーコンに加工するシーンはとても興味深く、あまりに見事な包丁さばき、鋸さばきに唖然とする。
一頭のブタは、目玉とヒヅメ以外捨てられるところはなく、すべて利用しつくされる。
何百年も培われてきた技術と文化に驚く番組だ。
最後まで食い入るように見てしまった。
これはメチャクチャ面白いインタビュー集だ。
康芳夫(マルチプロデューサー、虚業家)
石原豪人(挿絵画家、画怪人)
川内康範(月光仮面原作者、生涯助ッ人)
糸井貫二(全裸の超・前衛芸術家)
経歴も実績も、ものすごい質量をもった4人の人物に、果敢にアプローチする竹熊氏。
編集者として、インタビュアーとして出来うる限り最高の仕事をしていると思う。
「全裸芸術家」ダダカンこと糸井貫二氏との交流は、感動を呼ぶ。
牛や豚が、どうやって殺され、肉になって、スーパーの店頭に並び、我々の口に入るのか。
パックになったブロック肉は知っていても、実際に牛や豚が殺されるところを見る人は少ない。
東京の芝浦にある「と場」(現在は「屠殺場」とは言わないらしい)への取材を通じて、被差別部落問題、そして戦争問題へと、考察は広がって行く。
子供に解いて聴かせるように書かれた文体で、小学校高学年くらいなら楽に読める。
内容はある意味ショッキングだが、深く、濃い。
以前、『いのちの食べかた』を読んで感銘を受けて、気になる存在だった森達也氏の新刊なので、手に取ってみた。
『死刑』というショッキングなタイトルだが、この本は死刑という制度について取材し、考察したドキュメンタリーだ。
犯罪被害者の遺族、確定死刑囚をはじめ、国会議員、刑務所長、刑務官、元裁判官、元検事、弁護士、その他関係者が実名で登場する。
衝動と取材力で、徹底的に「不可視」化された我が国の死刑制度の不条理に挑んでいる。
死刑廃止か。存置か。
非常に重いテーマで、3年以上かけた大仕事。
エピローグに至っても、スッキリ納得…というわけには行かない。
しかし、読んで良かった。
死刑は、自分が日常、まったく気にかけた事も無い現実だ。
我が国には、死刑というシステムが厳然としてある。
多くの死刑囚が、絞首の刑に処されて来た。
その中には、明らかな冤罪によるものも有った。
自分の無知と無関心は、それだけで罪のような気がしてくる。
とても読みやすく、一気に読んでしまった。
これからは、日々起こる凶悪な事件のニュースを見る目も、ちょっとだけ変わるかもしれない。
マイ・フェイバリット出版社である、河出書房新社から本年(2007年)上梓された。
18世紀のブラック・ジャック。
外科医療のあり方を、床屋の副業から科学にまで高めた人。
膨大な標本を製作し、世界初の自然史博物館を作った人。
チャールズ・ダーウィンより70年も前に、進化論を見抜いていた人。
『ドリトル先生』や『ジキル博士とハイド氏』のモデルにもなった人。
現代に生きる、すべての人間が感謝しなければならない偉人なのに、その業績も名前も一般的には知られていないのは何故か…?
文章が(そして翻訳が)上手いので、ストレス無く非常に面白く読める。
読後は、出来のいい映画を集中して観終えた感じ。
実際に映画化したら面白いかもしれない。
(新聞広告で見かけて、新宿に出たついでに紀伊国屋書店で探したら、「医療読み物」のコーナーに置かれていた。こんなに面白いんだから、もっと露出させてもいいのに。)
自分にとって特に印象的な記述が、本書224ページにある。
〜以下抜粋〜
地質学や生物学という学問が確立されるのはまだ数十年先のことなのだ。ハンターはまず、岩や鉱物、土などの「無生物」と、動物や植物、野菜などの「生物」を分けて考える話からした。そして、生きた動物や人間と死んだ動物や人間のちがいを説明した。彼自身、まだうまく説明できないでいたが、「生きている」という状態は、それ以外の状態に「重要な何かが付加されている」と考えていた。
〜以上抜粋終わり〜
最近、21世紀の分子生物学者が書いた本(福岡 伸一著『生物と無生物のあいだ』)を読んだので、この部分は興味深い。



