観て、聴いて、読んで、体験したアイテムの感動ノート
solo/高橋悠治
最新のソロ演奏盤。
本人による何かしらへそ曲がりチックなライナーノートが添付されているのだが、曰く

「だれでも弾く曲をだれもやらないやり方で、でも故意にではなく、弾くか、あるいはだれも弾かない曲を弾く、そういう発見と学習への興味以外に、いまさらピアノのCDを作る理由も、さらに言えばピアノを弾く理由もない。」

まあ言ってる事は解るけど……これが高橋悠治という音楽家なのですね。
(数年前に、浜離宮朝日ホールで聴いた『ゴールドベルク変奏曲』は、聴くに堪えないヒドい演奏だったけれど、あれももしかしてワザとやってたのか…?とてもそうとは思えなかったけど)

小難しい事はよく解らないが、このCDの演奏は好きだ。
特にショパンのマズルカ2曲が良い。

テーマ:ピアノ - ジャンル:音楽

デュシャンは語る (文庫)/マルセル デュシャン , ピエール カバンヌ
マルセル・デュシャンの作品を初めて知ったのは、高校生の頃だった。
何かの雑誌に、通称「大ガラス」と呼ばれる作品の写真が載っていて、その写真と付記されたキャプションを読んで、なにか凄いものを見てしまった感じがした。
その「大ガラス」といえば、二枚(上下二段だから合計四枚)の透明なガラス板の間に様々な要素(金属箔や油、綿ぼこり、几帳面に描かれた意味不明な物体の透視図面、ひしゃげたトタン板のようなもの、雲形のなにがしか、埴輪か土偶のようでもあり、カンテラのようでもある変な物体の絵、など)を挟み込んで金属の枠で固定した、「美術品」を鑑賞しようという目には到底理解不能な奇妙な物体だった。
しかし、そこには得体の知れない力があった。美術品であることを装いながら視覚的な理解を拒む力。

『デュシャンは語る』は、このクールな反逆者、「美術」の意味を根底から変えてしまった人物の、最晩年におけるインタヴューの記録である。
驚くべき人生が語られる。読めば読むほど感銘を受けるが、ほとんど常人の理解を超えている。
複雑かと思えば、驚くほど単純で限りなく崇高。八十年を生きてきた「澱」のようなものが微塵も無い。
「幸運にめぐまれました」にはじまり、「私は幸せです」に終わるインタヴュー。
このインタヴューの二年後、1968年に亡くなるが、墓碑銘には「死ぬのはいつも他人ばかり」とあるそうな。お見事。

蛇足だが、今年(2007年)になって、東京大学駒場キャンパス内の美術館に「大ガラス」の再制作品(遺言で、世界で4つだけバージョンを作ってよいことになっている。東大にあるのは、そのうちの一つで東京バージョン)が収蔵されていることを知って、実際に観に行ってみた。
80年代に「再制作」されたそれは、既に経年劣化が始まっていて、残念な様相を呈していたが、それがかえってデュシャンが提唱した(網膜的な芸術へのアンチテーゼ)を表現しているようでもあり、感慨を深めた。

もうひとつ蛇足。
いとうせいこう氏が、あるTV番組で座右の銘としてあげていた言葉「自分を繰り返さない」は、マルセル・デュシャンから啓示を受けたものだそうだ。

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