これは、自分の父親が好きだったレコードである。
父親は、音楽の素養も知識も無かったが、良い「耳」を持っていて、音楽愛を持っている人だった。
昭和30年代初頭、大学は出たけれど、現在とは比較にならないような恐るべき不況のなか、就職先など全く無く、アルバイトをしながらなんとか食いつないでいたという。
友人の一人に、電蓄を持っている人が居て、発売されたばかりのこのレコードを買ったから聴きに来いと誘われた父親は、そこで初めて聴いたハイフェッツに魅了されたらしい。
自分でレコードプレイヤーやレコードを買う余裕など無かったので、しばしばその友人宅を訪れては、いろいろと聴かせてもらっていたらしい。
後年、カセットテープやCDで音楽を楽しめるようになってからも、この「ツィゴイネルワイゼン」
を聴くたびに、家族に向かって講釈をたれるのだった。曰く、
「この、音がちいさ〜くなっていくところの表現が、ハイフェッツと他のヴァイオリニストとの違うところなんだ。弦楽器じゃなくて、まるで笛の音のようだろ?」
つまり、華麗で派手な楽曲である「ツィゴイネルワイゼン」は、カデンツァの部分ばかり聴いてしまいがちだが、ハイフェッツの磨き上げられた技術の聴き所は、ピアニッシモの部分にこそある、というワケである。
我が父ながら、なかなか良いことを言うなーと、思ったものだ。


